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ドサッ!
総司が饅頭の包みを落として自分の耳を疑った。 「…今、何て言ったんです?」 「せやからセイ太夫は先日落籍されました。」 「…やだなぁ、何言って…。」 「沖田センセ…。」 花家の女将と総司のやり取りを立ち聞きしていた明里がどうにもやりきれず、奥から青白い顔を出す。 「あ。明里さん。冗談なんでしょう?太夫はどこです?」 「…沖田センセ……ほんまなんどす!おセイちゃんはもうここにはおらんのどす…。」 「…とか何とか言って、また拗ねちゃってどっかに隠れてるんじゃないんですかぁ?」 「………ここには…おらんのどす…。」 明里はその場に泣き崩れた。明里の嗚咽が花家に響いた。その痛々しい光景に呆けていた総司もどうにも観念せざるを得なかった。 「…そうですか。はは…お饅頭、無駄になっちゃったなぁ。」 夕焼けの中、総司はトボトボと来た道を歩いていた。乾いた下駄の音がやけに大きく虚しく響く。結局セイの落籍先すら教えては貰えなかった。 (嫌だなぁ。乱心の余りそこへ斬り込むとでも思われてんでしょうかね?やれ壬生狼だ、人斬りだ、などと言われているからっていくらなんでもそんな事はしませんよ…。ただ…。) いつの間にか屯所への道を外れてどこかの寺の境内に来ていた。 「あれ…?」 ここはどこだ…?と辺りを見回すと一本の大きな木が目に入った。今正に満開の桜の木だった。刹那に吹雪いて桜の花びらが雨の様に総司に降り注ぐ。 「全く、どこまでも嫌味なんだから…。」 セイに初めて会った時、自分は迷子になって泣いていた。それまでの総司は齢十にもなるというのに馬鹿がつくほど泣き虫で、よく泣いて駄々をこねては姉たちや近藤を困らせていた。 セイはその時泣いてはいなかった。自分よりずっと小さな女の子が精一杯涙を我慢して目を見張りながら必死で兄を探していた。あまつさえ、泣いていた自分に『武士の子は泣いちゃ駄目』と嗜め、励ましたのだ。 それから自分は泣かなくなった。泣けなくなったのだ。当の彼女は今でもあんなに泣き虫のクセして。 総司は自分の頬にそっと手をやった。しかしそこに伝うものは何もなく、さらさらと乾いた頬の感触に自分でも呆れ果てた。 「…こんな時にすら涙も出ないなんて、貴女のせいですよ。」 自分に関われば貴女が不幸になると解っていながら、それを願ってしまった自分にバチがあたったのか?理不尽でしょうけど、それでも私は貴女を恨みます。きっと幸せになってと思いながらも、私を捨てた貴女を恨みます…。 泣けない総司の代わりに桜の雨はいつまでも降り続いた…。 「ただ、貴女にもう一度会いたかった…。」 完。 …な訳もなく、傷心の総司に現実は容赦なかった。やっとの思いで屯所に帰った総司に土方の怒鳴り声が響く。 PR COMMENTS
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