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風光る京都~傷跡~ 第十三話 あんたが大将!登場
「総司、トシから聞いたよ。お前のいいお人は我が新選組の為に大層素晴らしい働きをしてくれたそうじゃないか!なんともお前にふさわしい勇敢な女子ではないか!私は嬉しいよ!」

新選組の屯所に久方ぶりに長の豪快な声が響いたのは次の日であった。新選組局長、近藤勇である。近藤は出張から帰営して早々総司を呼び出し、開口一番そう告げた。

「こ、近藤先生…っ。何も泣かなくても~…。」

総司は自分の敬愛する近藤に、急にセイの話題をされて耳まで真っ赤になった。近藤は本気で涙を流している。その隣で土方がニヤニヤしていた。…何か企んでいる笑い。総司は嫌~な予感がして額にツツ、と脂汗を流す。涙を拭い、近藤がさらに言葉を続ける。

「私の留守中にそんな事があったとは…すっかりお礼が遅くなってしまった。是非とも彼女にお礼がしたいので、明日にでも一席設けようではないか!総司の選んだそのお人のご尊顔も賜りたいしな!なあ、総司!会わせてくれるな?」

「えええ~!?」

土方の時は嫌だと即答したが、さすがの総司も近藤に言われればとても断れない。土方の高笑いが聞こえる様だった…。




近藤、土方、沖田と花家に馴染みのいる山南も参加して、早速次の日には花家で宴が催された。

「ようこそ、おいでやす。」

四人の待つ座敷にセイ、明里、他の妓たちがやってきて、座敷が一気に華やいだ。近藤は早速セイに声を掛ける。

「貴女ですか?我が新選組の為に尽力してくれた総司の敵娼というのは!件で真っ先にお礼に駆けつけなければならぬものを、この様に遅くなってしまって面目至極もない。あ、申し遅れました。私は新選組局長の近藤という者で、いわば総司の親代わりです。こいつは末っ子の為か、どうも甘えたでね。きっと貴女に迷惑をかけてばかりでしょう。申し訳ない。」

近藤が深々と頭を下げる。近藤にかかれば総司など大童である。

「近藤先生…、あんまり余計な事言わないでくださいよぅ。」

と総司があたふたするが、そんな総司を尻目にセイは

「まあ、そんないけません、お顔をお上げになって下さいまし。」

と近藤に頭を上げさせ、ふっと気品ある笑顔で言葉を続ける。

「花家の太夫でセイと申します。近藤局長様のお話は沖田先生からいつも伺っておりましたので、お目にかかれて大変光栄にございます。そんな…尽力だなんて滅相もございません。こんな卑しい妓に勿体無いお言葉を仰って頂き、お心痛み入ります。こちらこそ出過ぎた真似をしましてお詫びの言葉もございませんそれをご容赦頂けるだけでも有難いのに、こんなお心遣いまでなさって頂いて、なんとお礼の葉もございません…。どうぞ、今宵はご存分にお寛ぎ遊ばして下さいまし。」

と何とも堅苦しい挨拶が交され、総司は蚊帳の外に放り出された。セイは極上の笑みで近藤に御酒を勧める。

「なんとも控えめで気品のある美しい人ではないか!上品で慎ましい貴女にそんな武勇伝があるとはまるで信じられない!お前には勿体無いくらいだ!なあ、総司!」

近藤は一目でセイを気に入り、益々上機嫌だ。

「はあ…ありがとうございます、近藤先生。」

と総司は応えるものの、怪訝な表情を浮かべる。チラッとセイの方を見やるが、セイは余裕の笑みで返す。

「ほう、あんたか噂の太夫か。俺は副長の土方だ。一応俺からも礼を言わせて貰おう。」

「まあ、そんな副長様まで…恐れ入ります。」

そう言ってセイは土方にも酌をした。杯を受けながら土方は尚もセイの顔をじろじろと眺める。その切れ長の瞳に見つめられてセイがたじろぐ。土方にこんな眼差しで見つめられたら、普通の女子ならイチコロであろう。セイは女の直感で思う。

(この人…女子の扱い慣れてる…。ってゆーか慣れ過ぎ!)

「へえ、確かに総司の敵娼にしちゃ悪かねえかもな。」

「ふふふ、お上手ですね。」

少し警戒しながらも、セイはさらに極上の笑みでかわし、総司の脇に戻っていった。土方はその尻を見送りながら

「ふーん。」

と何かに感心したかの様に杯を仰いだ。





自分の隣に戻ってきたセイを総司が肘でこつく。

「…?何ですか?」

セイが総司の方を向き、首を傾げる。総司はセイの耳元に小声で囁いた。心なしか少し拗ねた様子だ。

「…また随分いつもと違うじゃないですかぁ…。私にはあんな風に優しくしてくれた事なんてないくせに。何をそんなに大きな猫を被ってるんです…?」

と口を尖らせる総司に

「こっちがいつもの私です。先生のお相手してる時は先生に合わせているだけですから。」

セイはしれっと答えて総司にも営業用の笑みをくれてやった。総司が呆然とする。そんな様子を山南と明里はくすくすと楽しそうに眺めていた。

(女子って恐ろしい…。)

総司は心底痛感して肩を竦め、自分の杯をちろっと舐めた。









宴も酣(たけなわ)になった頃、

「トシ、何だ随分長い厠だったな。腹でも下しているのか?」

暫く席を外していた土方に心配した近藤が声をかける。

「近藤さん、こんな席でそんな無粋な事言うねえ。少し酔いを醒ましていただけさ。そろそろお開きにしねえか?」

「ああ、そうだな。総司はどうするかね?」

「明日は巡察がありますから一緒に帰ります。太夫、また…。」

総司が名残惜しそうにセイの手を一瞬強く握って離す。

「はい…。」

あと三日もない自分の身請け話を総司にはしていない。とても出来なかった。もう遅い、と思いながら、セイは総司に今凄く愛されている実感があった。総司の感触が残る自分の指を握り締めてセイは刹那の幸せを噛み締めていた。

(もう少しだけ…。)

その時土方もセイに声をかけてきた。

「今日はありがとよ。どうやらあんたとは長い付き合いになりそうだ。これからも宜しくな、おセイさん。」

ポンッとセイの肩を軽く叩く。セイにはとても返事が出来なかった。そしてこの含みのある言葉の意味をこの時のセイには知る由もなかった…。











「太夫と何話してたんです…?土方さん。」

廊下の角を曲がったところで総司が土方を待ち伏せていた。総司の眉間には珍しく二本の皺。土方はいつもの事だが。

「別に…手前がふがいねえからな。宜しくしてやってくれと挨拶してやってたんだよ。」

「…ほんとにそれだけですか?」

納得がいかない総司は敵意満々だ。

「他に何があんだよ。しかし確かに思ったよりもいい妓じゃねえか。ぼやぼやしてっと誰かに捕られちまうから気ィつけな。」

「余計なお世話です。」

ぷいっと総司が土方に背を向けた。










総司の背中を見送った後、堪えていた涙が一気に溢れ出す。

(今だけは私…先生の恋人と思ってもいいんですよね…?)

こんなに幸せな事はなかった。総司に愛されている実感…。総司の身内に紹介して貰えた事…。でも所詮は女郎。自分には過ぎた幸せだったのだ。そう思うしかなかった。

「……ふぇ……ぅ…せんせぇ…っ。」

セイはその晩声を上げて童子の様に泣き明かした。





ごめんなさい、沖田先生。

セイは貴方を裏切ります。

でも、セイは幸せでした。

他のお人に落籍されても貴方の事だけを生涯慕い続けます。

こんな私はきっと地獄に落ちるでしょう。





沖田先生、こんな私をずっと憎んでいて …………… 私を忘れないで。

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