× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
セイを迎えに来たのは斎藤一だった。斎藤は思わぬ特命に浮かれていた。『口外無用、総司には特に。』という辺りも尚良い。斎藤は深呼吸して勤めて冷静に襖の向こうに声を掛けた。
「新選組の者だ。あんたを迎えに来た。」 久方振りのセイとの再会。遊女になってしまったのは不憫だったがそれとて今日で終いだ。先日屯所に現れた彼女は以前よりも遥かに綺麗で、斎藤は彼女への想いを自覚した。総司の馴染みというのが気に入らないが、総司に内緒で身請けしてしまうとは土方副長もまた粋なことをする、と感心した。 「御免。」 高まる胸を抑えながら平常心、と自分に言い聞かせ襖を開ける。となんとセイが斎藤にダイブしてきたのである。 「兄上―――――ッ!!!」 どっきゅーん! (はうっ!) 斎藤の平常心はいとも簡単に剥がれ落ち、心の中で喘ぐ様な悲鳴を上げた。セイが自分の胸に抱きついている状況に心の臓は今にも破裂寸前である。セイが嗚咽しながら叫ぶその姿はまるで迷子になっていた小さな童子そのものでとても花街の太夫だったとは思えない程で…。 「兄上、兄上~、兄上~~っ!生きていて下さったんですね~!うわーんっ!あにうえ~~~っ。」 (…………ん?) 数秒硬直した後、斎藤は異変(?)に気づき、自分からセイをそっと剥がし恐る恐る声を掛ける。 「…と、富永?」 「……へ…?」 セイも久方振りに苗字で呼ばれ何だか様子がおかしい事に気づいてはっと顔を上げた。そしてやっと人違いに気づく。 「も、も、申し訳御座いません!わ、私ったら!お武家様のお声があまりにも死んだ私の兄と似ておりましたので…っ。」 セイは耳まで真っ赤になって慌てて土下座した。漸く平常心を取り戻した斎藤はそういうことか、と彼女の手を取って優しく語りかけた。 「いや、構わんよ。それよりおセイさん。俺を覚えているか?その…君の兄上と同門だった斎藤一だが…。」 セイは恐る恐る顔を上げて斎藤の顔をしげしげと確かめた。 「…!斎藤様っ。覚えております!吉田道場で兄上ととても仲良くして下っていたお方ですね!お懐かしゅう御座います!ああ、それなのに私ときたらとんだ早合点をしてしまい申し訳御座いません!私、斎藤様のお姿を拝見した事があっただけで、お声をお聞きするのは初めてでしたので…。」 セイは尚も謝罪する。斎藤は心の中でゴチる。 (…当然だ。富永がそれをさせなかったからな…。) 「これからあんたは新選組預かりとなる。宜しくな。」 「わあ、斎藤様も新選組だったのですね。それではこれから斎藤先生とお呼びさせて頂きますね。」 セイが先ほどの無礼への照れ隠しも含めはにかんだ笑顔を見せる。その笑顔があまりにも可愛らしかったので、斎藤の胸は再びどっきゅんと高鳴る。そしてあろうことかセイが下から斎藤の顔をマジマジと眺めていてその痛いほどの視線に自慢の平常心がいとも簡単に揺らぐ。 「こんなに兄上と斎藤先生が似ていらっしゃるとは気づきませんでした…。あの…兄上と呼ばせて頂いても宜しいですか…?」 (…『兄上』…『兄上』…『兄上』…。それはもしや一人の男としては見て貰えないんじゃないか…?) セイの言葉が斎藤の胸に木霊する。斎藤の心中はかなり複雑だったが愛しいセイのお願いには抗えなかった。 「…ああ、構わんさ。」 斎藤は平常心を装い泣く泣くその兄役を承諾する羽目になった…。 (沖田さんとは闘わずして負けた…。) 理不尽な敗北が斎藤を襲ったが 「有難う御座います!兄上~っ♪」 そう言って嬉しそうに腕を組んでくるセイに (いや、ある意味勝っているのか…?) と微妙な役どころと役得に少しだけ胸躍らせ、自分を慰めた。そんな斎藤の鉄火面の下の奥深~い心境を総司に負けず劣らず野暮天女王のセイは隣にいながら、これっぽっちも、欠片にも、小指の爪の垢ほどにも、微塵にも、全く知る由も無かった。 PR COMMENTS
COMMENT FORM
|