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経緯はこうだ。場所は花家。
「…昨日の今日でいったいどうなすったんですか?」 意外な客にセイは驚きを隠せなかった。例の宴の翌日、土方がまた花家を訪れセイを指名してきたのである。たらしだ、何だ、と総司から散々聞かされてはいたけれど、昨日会ったばかりで、幾ら何でも早すぎる!とセイは閉口した。土方はまだ一言もしゃべらず酒を軽く仰っている。その横顔はあまりにも端整で、様子を伺っていた筈のセイがいつのまにか見とれてしまっていて、こんな綺麗な男の人もいるんだぁ…と妙な感心までしていた。不意に土方がこちらを向いたので、セイは慌てて目を逸らす。 「お前…身請け話があるらしいな。」 「え?」 土方の言葉にセイは心の臓が飛び出そうなほど驚愕した。 「総司は知ってんのか…?」 セイは言葉にならず頭を思いっきり振るだけで、涙も一緒に飛び散った。土方は深いため息をついた。 「…だろうな。あの馬鹿、間抜けにも程があるぜ。」 セイは尚も頭を振った。沖田先生が悪い訳じゃない、と思いながらもそれは言葉にならなかった。 「お前はそれでいいのか?」 土方がセイに訊ねるが、セイは俯いたまま何も答える事が出来なかった。土方はその仕種でセイの本心を知り、再び酒を仰ぎ始めた。二人の間に暫く沈黙が流れた。 胚をコトリと置き、その音でセイが顔を上げた時、土方が信じられない言葉を発した。 「お前の命、新選組が買う。」 一瞬、何の事を言っているのかセイには意味が解らなかった。大きな瞳をさらに見開いて土方の方を見た。 「聞こえなかったか?お前の命は新選組が買うと言ったんだ。」 不敵に笑い、土方がもう一度繰り返す。 「嫌か?俺の見たところお前は大店でなんか囲われる玉じゃねえ。総司の為なら例え火の中、水の中でも飛び込んで行くだろうよ。そんな奴が若旦那の機嫌だけをとって生きていられるかってんだ。ま、お前が嫌だと言ったところでもう女将には話をつけてきちまった。お前に選択権はねえ。」 土方の強引で決め付けた物言いにセイは思わず噴き出した。かなり無茶苦茶言われている様な気がするが、成る程当たっている。セイは堰を切った様にしゃべりだした。 「…こんな花の乙女を捕まえてあんまりな言い草ですね。それに私に断りも無くそんな大事な話を勝手に決めてきちゃうなんて、全く人の事を何だと思っているんだか。沖田先生といい貴方といい新選組の男ってば、ほんっっとにどうしようもない人たちばかりなんですね。呆れて物がいえませんよ。」 「散々言ってんじゃねえか。それに…何を笑っていやがる。」 つられて土方もふっと笑った。セイは銚子を手に取った。 「さ、副長おひとつどうぞ。」 「おう、手酌にしちゃあ随分高い酒だと思っていたところだ。」 「ふふ…。」 とセイがお酌をしようとした時、不意に手首を掴まれ銚子を取り落とす。驚いたセイが土方の方を向いた時、強い力で引っ張られて強引に唇を奪われた。とっさの事にどうしていいのか解らず、かわす事も応える事も出来なかった。漸く放されてセイは油断した…と荒い息で土方を睨みつけた。土方はそれすらも心地良さげにまた不敵な笑みを浮かべ 「高い買い物をしたんだ。これくらい貰ってもバチは当たんねえだろ。総司に言うか?」 とほんのり紅が付いて濡れた唇を舐めた。そして脇差を持ってすっと立ち上がり 「言っとくが平穏な暮らしはねえからな。それからぼやぼやしているヒマもねえ。早速だが働いて貰う。新選組の為にだ。後で迎えを寄越すから首洗って待っていろよ。じゃあな。」 と部屋を出るべく襖に手を掛けた。 「ちょっ…、副ちょ…。」 余りの一方的な物言いにセイが抗議をしようと声を上げた時土方が振り向いた。 「ああ、もうひとつ。件の仕事が片付くまでは総司に会うことも駄目だ。解ったな!」 と止めの一言。セイは思わず転がっていた銚子を投げつけたが、襖はピシャリと閉められ土方に命中することはなかった。部屋にぽつんと一人取り残されて 「ほんっとに新選組って~っ!!!」 とセイの叫びが虚しく花家に木霊した。 PR COMMENTS
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