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風光る京都~傷跡~ 第十一話 対決!セイvs.総司
「セイ、今更何を悩む事があるん?ええ話やないのん。」

カツンッとキセルを叩いて花家の女将が言う。

「………。」

セイは真っ直ぐ見据えたまま、何も答えなかった。その顔に表情は無く、まだ支度前で洗い曝しの漆黒の髪を下ろしたその姿は、まるで人形の様だ。

「何の不満があるっちゅうねん。あんなぁ、太夫かて所詮女郎や。身請けしてくれるっちゅうお人の話を断る阿呆がどこにおんねん。そないな偉い身分ちゃうで。しかも若旦那はん、あんたには勿体無いくらいええお人やないか!あんまり待たせたらあかんで!あと三日で返事しい!わかったな!」

女将がピシャリと言い放つ。あと三日…タイムリミットが定められてしまった。あと三日で総司が来る自信は今のセイにはない。例え来たってどうこう出来る話じゃなかった。こんな事ならあの時総司の為に死ねた方が良かった。あの人は迷惑だって言うだろうけど。

(だったらもう私会わない方がいいのかも…。会ったら私…。)

きっと決心がつかない。醜くも、連れて逃げてとあの人に縋ってしまうかもしれない。武士として志の高いあの人が、そんな事をしてくれるハズが無い。第一、もうとっくに愛想を尽かされてしまったのだ。会いにくる訳が無い。





 そんな矢先…その男は現れてしまった。


「太夫!ご無沙汰しちゃってます~。」

一ヶ月振りに総司が花家に姿を見せた。どのツラ下げて…とはよく言ったものだが、照れたようにはにかんだいつもの笑顔。セイは目の前が真っ白になった。

(なんて、なんて勝手で酷い男だろう…。セイの馬鹿ぁ…何でこんな人を好きになっちゃったの?)

人が一生懸命諦めようと必死なのに、人の気も知らないで。会えたからって現状は何も変わらない。心が揺らぐだけだ。

「…へえ、沖田先生。まだ私の事、覚えててくれたんですね。」

精一杯低い声でセイが呟く。

「何言ってるんですか。忘れる訳がないでしょう!?この前はすみませんでした!あんな事言ってしまって、貴女に会わす顔がなかったんですよ。でも貴女に会わないなんて、私には甘いものを我慢するのと同じぐらい大変でしたよ。」

大きく頭を下げた後、いつもの軽口で総司が笑う。

(ズルイ、ズルイ、ズルイ、ズルイ…!)

セイは溜まらず泣き出した。その場にしゃがみ込んで蹲る。酷い、ズルイと思いながら、心のどこかで喜んでいる自分がいる。また自分に会いに来てくれたことが、死ぬほど嬉しい。彼の顔、彼の声、彼の髪、彼の指、彼の身体…全てが愛しい。どんなに冷たくされても忘れる事なんて出来なかった。でももう、遅い。

「た、太夫?具合悪いんですか?」

総司が心配そうに近寄って、その肩に触れようとした時、

「触らないで!」

セイが叫んだ。驚いた総司が手を引っ込める。

「もう帰って…お願いだから…帰って…くださ…。」

「太夫、どうしたんですか?理由を言って…。」

「貴方が…嫌いになったんです…お願いだから…。」



ブチッ!




総司の中で何かが切れた。今までだって散々嫌いと言われてきたけれど、今度は何だか様子が違う。

「ああ、そうですか!それはお邪魔様でしたね!」

総司は勢いよく踵を返し、数歩歩いたところでチラッと後ろを振り向くが、蹲ったままセイが自分を引き止める様子はまるで無い。だがしかし、自分だって散々悩んで、彼女を不幸にしてでも鬼になると決めたのだ。ここであっさり『はい、そうですか』と帰る訳にはいかない。総司の中の鬼が目を開く。

「ああもう!私だってそんなにお金が有り余っている訳じゃあないんですから!」

とまた踵を返し、セイにずかずかと近寄るとセイをひょいと抱き上げた。余りの事態にセイも周りも仰天する。

「や…降ろして!離して!触らないで~!」

セイが叫ぶ。ポカポカと頭を叩かれているが、そんな事はお構いなしに総司は涼しい顔で

「あ、皆さんお騒がせ致しました。一応、線香尽きるまでお借りしますんで、じゃ!」

とセイを連れて部屋に入って行ってしまった…。周りがあっけに取られている後ろで、おろおろと不安顔の明里が立っていた。





「きゃっ!」

少し乱暴に降ろされて、セイは悲鳴を上げた。まだ総司とは頑なに顔を合わせようとしない。

「この前の仕返しですか?さすがに傷つきましたよ。それで許しては貰えませんかね?」

「……どうして先生が傷つくんです…?」

俯いたままセイが呟く。蚊の鳴くような声だったが、総司は聞き逃さなかった。

「そりゃあ、嫌いと言われれば傷つきますよ。私は貴女が好きなんですから。」

セイが驚いて顔を上げる。やっとこっちを向いたと総司が笑う。

「嘘…!」

「何でこんな時、私が嘘を言わなきゃならないんですか…。」

はあ、とさすがに溜息が漏れた。

「だってそんな事、一言も…。」

「…あのねえ、貴女も大概野暮ですねぇ。好きじゃなきゃ何が楽しくて貴女の所にせっせと通いますか?私はそんなに酔狂じゃありませんよ。」

「な、先生に野暮だなんて言われたくありませ…。」

セイはその台詞を最後まで言い終える事が出来なかった。ふいに唇を塞がれたからだ。一瞬何が起こったのか解らなかった。ただ総司の少し長い前髪が自分の額にかかるくらい、総司の顔が間近にあった。その状況を漸く理解した時、セイの瞳から熱い雫が流れ落ちた。頬に当てていた手がふと濡れたので、セイが泣いていると気付いたけれど、総司にはもう止められなかった。口を割り、更に舌を進めるとセイの舌を絡め取る。


「…っん…ふ……。」


苦しい…。セイは懸命に総司の肩を押すがびくともしない。抗えば抗うほどに口付けは更に激しくなる。セイは苦しさの余り総司の唇に噛み付くと、漸く総司はセイを開放した。二人の息が荒い。総司は血の滲んだ唇を拭って、搾り出すように呟いた。

「………嫌いなんて、言われたんですから…優しくなんか出来ないですよ…。」

言うと同時に、今度は布団にセイを押し倒した。強い力でセイを羽交い絞めにする。

「…なんで、今更…こんな事…。」

組み敷かれた下で、セイはポロポロと泣きながら総司を睨む。本当はずっと望んでいた事だ。でも今総司を受け入れたら、溺れてしまう…きっと気が触れてしまうほどに。どうせ離れなければいけない運命なら、拒んで、罵って、突っぱねて、いっそ総司に愛想を尽かされた方がずっとマシだ。想い出の中でなんて生きられない。セイは自分を奮い立たせながら、再度総司を睨みつける。総司も覆いかぶさる上からセイの瞳を見ていた。セイはその総司の顔にはっとした。その表情は苦しげで、


「…拒まないで…本当に貴女が…好きなんです……。」


泣いてはいなかったけど。セイはもう総司の顔が潤んで見えなかった。ずっとずっと片思いだと思っていたセイの胸は嬉しくて、切なくて…引き千切れそうだった。総司の唇がセイの首筋に降りてきて、軽く吸われる。その甘い感触にセイの体がびくっと反応する。思わず声が漏れそうになるのを唇を噛み締めて何とか堪える。襟が割られ、総司の舌が更に降りてくる。気が遠くなりそうになりながら、セイは総司の襟首を掴む。

(駄目…!拒まなきゃ…っ。)

総司の目が一瞬見開かれる。未だ抵抗し続けると思われたセイの指が襟元から進入して、総司の肩に直に触れてきた。総司の襟元が少し肌蹴る。そしてもう一方の手も総司の首に甘く絡まってきた。驚いた総司がセイと視線をかち合わす。


「………嫌い、です…。」


セイの最後の抵抗。結局総司を拒む事なんて出来はしない。

「…まだ言いますか…。ほんとに優しく出来なくたって知りませんから…。」

そんな言葉とは裏腹に今度は優しく口付けた。

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