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いじわるはしないで 「んもーっ、信じらんない!」 「…どないしたん、おセイちゃん。急にそないな大っきい声出さはって…。」 「あ~、明里姐さん聞いてよ~!」 「はいはい、また沖田センセ?」 ここは遊里島原の置屋、店の名は花家。洗い髪を振り乱しながら叫ぶ、まだ少女にしか見えぬ妓、名をセイといい、こう見えても位は太夫である。そしてその姉貴分の天神の明里に、どうやら図星をさされたようで真っ赤になった。 「……う…、……そうなの~っ!沖田先生ったら昨日もいっぱいお饅頭持って来てくれたんだけどさ~、そりゃあ甘いものは大好きだけど…、すっごくおいしいお饅頭だったけど…、新選組のお話も面白おかしくしてくれて、とってもとっても楽しいんだけど…でもでもでも…。」 機関銃はそこでふと止んでしまった。セイの目には今にも溢れんばかりの大粒の雫。明里は溜息をつきつつ、先を即す。 「…でも…?」 「………せ…接吻すらしてくれないの…。やっぱり女子に興味なくって、でも付き合いでしょうがなく郭に来てて、しょうがなく私を指名してるんだ~っっ。」 とうとう大きな雨粒が落ちてしまった。 「あら~、そないなことないで。山南はんだってよう三国志の話だけしはって帰らはりましたえ?」 「でも今は違うでしょ!ラブラブじゃん!」 即答されて今度は明里の方が黙ってしまった。こういうときはどう慰めても無駄である。はっきり言って八つ当たりだ。しかし明里は厭な顔もせず、むしろ微笑ましく思い言葉を紡いだ。 「おセイちゃんは、ほんまに沖田センセが好きなんやね…。」 「えっ///!違…っ…。ただ私の花代って、自分で言うのも何だけど…い、以外と高いじゃない!話すだけだったら別に、私でなくっても…。」 ごにょごにょ…とまだ何か呟いている。 「とか言って、沖田センセが他の子指名しはったりしたら、また悋気起こさはるくせに…。」 というツッコミが、すぐさま明里の心に浮かんだが、そこはセイよりずっと大人なのでそれは心に留め置いた。 「…山南先生と明里姐さんが羨ましいよぅ。」 ついにセイが本音を漏らした。可愛い妹分の悋気に明里の顔がふっと綻ぶ。そして 「よう分からんけど、昨日は沖田センセ一人で来はってたやないのん。付き合いで来てるんやったら、お一人で高う花代払うておセイちゃんに会いに来るやろか?ちゃうやろ?ちょっと野暮天なとこあるって、山南はんも言うてたし、きっとそないなとこ奥手なだけやって。大事にしてくれはる証拠や。」 と今度は明里が捲し立てた。実はセイがまだ花家に来る前から沖田先生とやらには、花家に馴染みがいた。名は小花。沖田は郭でありながら、彼女とは床入りなしという一風変わった約束を交わしていたらしい。それこそ付き合いで、しょうがなく来ていたのだ。それを知っていた明里は、セイにも同じ様な態度を取っている沖田に対しはっきりとこんな断言は出来ない筈だったが、それでもセイに対する沖田の態度は小花へのそれとは違う気がする。確証はないけれど女の勘だ。 「そうかなぁ…。」 漸く機嫌を取り戻したセイはやっと微笑んだ。さっきまで泣いたカラスが…とはよく言ったものだが、セイの笑顔は本当に可愛らしい。そのコロコロと子犬の様に表情の変わる彼女に参っている男は数知れず…ここいら辺が太夫たる所以だ。ただ哀れなのはセイにその自覚がない。故に太夫のくせに沖田一人に一喜一憂なのだ。 (当たってるといんやけど…。) 慰めた手前、明里はそう願わずにはいられなかった。お互い故あって遊女になってしまったが、それでもこんな可愛い妹分には本当に幸せになって貰いたかった。自分と山南の様に…。 PR COMMENTS
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