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「明里姐さん、セイ姐さん。新選組のセンセ方がお見えでっせ。」
禿のお志津が二人を呼びに来た。 「あ、太夫こんにちは~♪」 満面の笑みでこちらにふりふりと手を振る、ひょろっとした長身の優男と、柔和で温厚そうな男がいた。まるで信じられないが、これでもこの二人、泣く子も黙る新選組の、しかも大幹部である。 「お越しやす。」 明里が深々と頭を下げた。その横でセイは手を振る優男に睨みを利かせていた。 「おセイちゃんったら…。」 小声で明里が叱咤するが、セイの機嫌は変わらない。数日前に慰めて貰ったものの、状況は何一つ変わっていないのだ。その上でへらへらされて余計に憎らしいったらありゃしない。 「おや、明里。今日は太夫の機嫌が悪そうだねぇ。」 「へえ、えろうすんまへん。」 明里も何と言って良いのやら。明里からセイと総司の事をよく相談されている温厚そうなこの男、実は新選組総長の山南敬助は、ふとセイの不機嫌の理由を思い立って尋ねる。 「また総司が何かやったかね?」 ((何もしてないから怒ってるんです!)) 約二名の心が同時にツッコんだ。 「嫌だなぁ、山南さん。何でもかんでも私のせいにして~。あ、わかった!太夫今日あの日…。」 ばっちーんっ! セイの平手が見事に総司の左頬に炸裂した。あの新選組一番隊組長沖田総司の懐に素早く潜り込んでの会心の一撃。常人の目には留まらぬ速さであろう。この太夫タダモノではない。 「沖田先生の馬鹿!大っ嫌い!」 セイは器用にある裾を捲り上げて、見えるはずのない白い足をチラつかせ、ばたばたとその座敷を飛び出した。 「んもう太夫たら、あんなあられもない格好で…またそこが可愛いんですけど。あ、山南さん、私お先に太夫の部屋に行きますんで、あとは明里さんとごゆっくり♪」 総司も真っ赤に腫れ上がった左頬をさすりつつ、いそいそとセイの後を追って座敷を出た。 (あれで部屋に入れて貰えるのか…?) という胸中ツッコミはあるものの、実はこの二人にとっては、これが日常茶飯事であったりする。 「えろうすんまへん、山南はん。堪忍え。おセイちゃんったら、新選組のお人に何ちゅうことを…お手打ちもんや…。」 毎度のこととはいえ、明里はハラハラだ。涙目で山南に訴えた。 「いやいや、今のはどーみても総司が悪いだろう。あんな風にからかったりして、太夫が怒るのは当然だ。こちらこそすまない。どうか出入り禁止になどしないでくれないか。そんなことになったら、私は総司を恨んでも恨みきれないよ。」 と山南は明里の手を上から優しく握った。 「山南はんたら…うちらもお部屋に行きまひょか。」 「明里…。」 こちらは打って変わって大人の世界が繰り広げられていった…。 一方、お子ちゃま部屋では… 「…太夫~、ねえ開けて下さいよぉ。」 「………………。」 「ここ寒いですよぅ。ねえ太夫ってば。」 ちょっと甘えた声。セイは唇を噛み締め、グッと堪える。なんてデリカシーのない男だろう。そして女心の微塵も察しないあまりの野暮天ぶり。今日という今日は意地を張り通してやろうと心に堅く決めたセイだったが、あの甘えた声に至極弱いのだ。姉達に甘やかされて育った末っ子ゆえに身に付いた総司の必殺技だ。いつも辟易されながら、それでも結局惚れた弱みでセイが折れてしまうのだった。 「…っくしゅ!」 ハッとセイが顔を上げる。思わず襖を開けそうになったが、頭を大きく振り何とか堪えた。 (い、いかん、いかん!ここで開けたら私の負けだ!) セイは自分の心に活を入れる。いつの間に勝負になったのやら…。 「そ、そのくらい涼しい方が、少し頭が冷えて良う御座いましょう!何とやらは風邪を引かないと申しますし、先生がお引きになる風邪なんてありませんよ!」 襖の向こうにかなりボロクソに言って聞かせる。 「酷いなぁ。それじゃあ、まるで私が馬鹿だって言ってるみたいじゃないですかぁ。」 ……………。もうツッコむ気も失せてセイはうな垂れた。 一方、鼻をずず…とすすりながら総司はその場にしゃがみ込む。今日の太夫はかなりしぶとい。流石の総司も何かしたかな…と少し考えてはみるが、全く身に覚えがない。―-ってか何もしてないのが原因なのだから、ましてやこの野暮天大魔王がそんな事に気付く訳もなく…。総司はうだうだ考えるのは止めにして、再度食い下がる事にした。そもそもこの男の脳自体が考える事に向いていない。うだうだ、といってもほんの数秒ほどの事だ。甘え上手のこの男が、考えるより先に口を紡いで出た言葉は… 「太夫…、ここを開けて…、………ねえ、セイ?」 (………っ…、詐欺だ…!もうこの男は~~~~~っ!!!) セイ心の絶叫。総司の甘えた声がまるで撫でられたようにセイの背筋をぞくりとさせる。涙目になりながら、セイは観念した様に何かに取り掛かり始めた。しかしそんな殺し文句にも未だ襖は開かれず。あれ…?と総司の当てが外れる。考えなしの割には確信犯である。 (これでも駄目かぁ…。) と腕組みをして襖に寄りかかろうとした時にそれは突如開いた。その拍子に半分ズッコけそうになりながら振り返るとそこにはセイが立っていた。一応睨んではみるがセイの敗北感は否めなかった。総司も少しぶつけた頭を掻きながら視線をかち合わす。 「…先生、またお饅頭お持ちになったんでしょう?お着物から匂いがしましたから。熱いお茶を入れましたから…中へどうぞ。」 総司が満面の笑みになる。セイが罰の悪さで顔を逸らす。 「やあ、よく分かりましたね!そうなんですよ!今日は福栄堂の『祗園の月』です♪あっさりした甘みと白玉のもちもち感がもうなんとも…!!!さすが太夫!匂いで気付くとは、鼻が子犬並…。」 そして懲りずに平手の音が花家に木霊するのであった。 PR COMMENTS
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